印象批評

 だが私は少し先走りしすぎたようだ。印象批評はどうなったか。――印象批評と文芸学との間の連鎖はどうなのか。――印象批評というと如何にも低級な批評の形式のように思われる。処が実は、云い方によっては、之こそ批評の真の面目なのだということも考えて見る必要があったのである。批評が享受に始まらねばならぬことは...

このエントリーの続きを読む≫

— posted by id at 10:50 am  

今日の所謂文芸評論

 今日の所謂文芸評論が、作品に対する印象批評からは相当離れて来たのは、事実だ。もはや印象批評という言葉も無用になった程に、所謂評論は発達したと認めることは出来る。ただ、成程印象批評という形のものは少なくなったが、実質に於て印象批評の変形と云っていいものが、文芸評論を支配している点を見ねばならぬ。一方...

このエントリーの続きを読む≫

— posted by id at 10:49 am  

放言は評論ではない

 放言は評論ではないと云ったが、之を文章にしたら評論ではなくて何になるか。恐らく雑文というようなカテゴリーが夫かも知れない。そうするとつまり、この場合には、評論家でない作家の評論として、例えば作家の書く雑文などを数えたらよいだろう。勿論文芸に関した雑文だが。尤も雑文だと云っても別に怒る必要はない。作...

このエントリーの続きを読む≫

— posted by id at 10:48 am  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.0293 sec.

http://musicalgakuin.com/